熊野筆は、古くは熊野筆まつりの歌に歌われているように、73工程を経て作られると言われていますが、ここでは大きく12の工程に分けて説明していきます。
筆の種類によって、必要となる毛の種類は様々です。数多くの毛の中から必要な毛のみを選び、量を決めて組み合わせていく作業です。
同じ動物の毛の中にも、筆に使える良質な毛と、そうでないものがあります。毛の質は、その動物の性別や、毛の採れた季節や、体の場所によっても大きく異なります。その中から長年の経験を頼りに、毛の良し悪しを選別していきます。この作業が筆の出来具合を左右するといっても過言ではない、重要な工程です。
選毛された毛に籾殻(もみがら:米を包んでいるかたい外皮)の灰をまぶし、『火のし』と呼ばれるアイロンをあてることで、毛の癖を直す工程です。また、毛に含まれている油を溶かし、灰に吸い取らせることで、毛の墨含みが良くなります。
次に、火のしで熱された毛を、熱の冷めないうちに鹿革に巻いてもみます。この毛もみでは、毛のもみ方、力加減が重要で、最適なもみ方により、毛の癖が取れ毛筋がまっすぐに伸びます。
毛をまっすぐに伸ばし、油分を抜き取るこの火のし・毛もみの工程は、墨の含みを良くするために大切な作業です。
もんだ毛に櫛をかけて、もつれた毛を整えながら、筆にならない綿毛を取り除きます。ここでしっかりと不要な綿毛を取り除き、もつれた毛を整えないと、次の工程で毛が先に寄り難くなります。
そして、櫛抜きした毛を束ね、毛先を指先で少しずつ抜き取り、重ねていきます。毛先がある程度揃った毛の束を、寄せ金にのせ、手板を使ってトントンと叩くことで、奥にいた毛が少しずつ先に寄り、毛先がそろいます。
この寄せが難しく、毛先の柔らかい毛や硬い毛、太い毛など毛によって叩き方を変えないと先が揃いません。
毛そろえした毛のうち、一握りくらいの毛を取り、完全に毛先側にそろえた後、『ハンサシ』と呼ばれる小刀を使って、逆さになっている毛や、毛先がすれてなくなっている毛などを、指先の感覚を頼りに抜き取ります。
時間をかけて、筆にならない悪い毛のみを、徹底的に抜き取っていきます。
毛を、それぞれの長さに切ります。
経済産業大臣指定伝統工芸品の場合、この工程に『寸木』と呼ばれる定規を使って長さを決め、はさみで毛を切ることとされています。
寸切りした毛を、薄くのばし、うすい糊を付けながら、何度も折り返してまんべんなく混ぜ合わせていきます。
さらに残っている逆毛やすれ毛も取り除きながら、均一になるまで混ぜ合わせる工程です。
練り混ぜた毛を適量取り、『コマ』と呼ばれる筒状の型に入れて毛の量を規格の太さに合わせます。
この工程でも、不必要な毛をさらに抜き取って、コマから抜き取り、ここでようやく、毛が筆の穂先の形に近づいてきました。
これをを乾燥させて出来たものが、筆の穂先の芯の部分となります。
衣(ころも)毛には、芯になる毛より上質の毛を用います。衣毛は、芯の練り混ぜとほぼ同じ工程をたどって作ったものです。
薄く延ばして乾いた芯に巻きつけて、さらに乾燥させます。
この工程で芯に巻く衣毛には、穂先を美しく見せる以外にも、芯の短い毛を外に出さないようにするといった役目もあり、筆の書き味を良くするために一役買っています。
乾燥させたら根元を麻糸で締めて、焼きごてをあてて少し焼いて、すばやく引き締めます。
焼きごてをあてられた毛は溶け、毛のたんぱく質同士がくっつきあって毛が固定されます。
この工程で、筆の穂首が完成します。
一定の長さの軸を、回転させながら小刀で穂首をはめる部分の厚みを調整し、穂首を接着剤で軸に固定します。
糊を穂首に十分含ませてから櫛でといて毛を整えます。
それから、台に固定された糸を穂首に巻きつけ、まわしながら、不要な糊や毛などを取り除きます。
形を整え、乾燥させてからキャップをはめます。
軸の部分に筆の名称などを彫刻する工程です。
彫刻の方法は、軸に三角刀をあて、軸のほうを動かして、運筆順の反対のコースをたどって彫っていくやり方です。
彫りあがった部分には、顔料を入れて彩色します。
こうして1本の筆が出来上がります。