子育てがひと段落して手に一生ものの職を
「あの筆が良かった」と言ってもらうために
子育てがひと段落して手に一生ものの職を
「あの筆が良かった」と言ってもらうために
香川 翆皐
伝統工芸士認定年月日:2007年2月25日
翆皐の今
翆皐氏の代表作は、伝統工芸士の認定を記念して発売した「緑風(りょくふう)」です。得意とする柔らかな羊毛に、硬い山馬(さんば)の毛をほんの少し混ぜた筆で、墨含みがよくほどよい腰があるため「扱いやすい」と今も人気です。水墨画に使う愛好者も少なくありません。
定番商品に加え、天尾にイノシシの毛を混ぜたり、クジャクやダチョウ、ハクチョウの羽を使った特殊筆を作ったりと、書家の要望に応じて常に新しい挑戦をしてきました。10年ほど修行したころ、ようやくイメージ通りの筆を作る技術が身についてきて、楽しみを見出せるようになったといいます。「やればやっただけ反応があり、喜んでもらえる。やりがいがあります」と作業に打ち込みます。
※天尾(あまお):馬のしっぽ部分の毛
翆皐の過去
実家の母が筆作りの職人で、幼少期から作業を手伝ってきた翆皐氏。物づくりが好きで洋裁学校に進学し、仕立ての仕事につきました。結婚、出産を経て子育てしながらできる仕事を探し、今も勤める筆の製造会社に35歳で就職。言われるままに動くだけのところから、自分で考えて毛を組み合わせ、見た目や書き味を再現する技術を身に着けました。
周囲からは「工場では工程の一部しか担当しないから、伝統工芸士になるのは難しい」と言われましたが、「職人を育てよう」という会社の方針もあって見事認定を取得。伝統工芸士としての責任感から、さらに技術が向上したといいます。「技術は誰も盗る者がおらん」。昔聞いた父の言葉の通り、手に一生ものの職を付けることができました。
翆皐の未来
翆皐氏は今も現役で毎日筆を作りながら、後進の指導に当たっています。女性2人に加え、最近男性が新たに職場に入りしました。「仕事は楽しいです。元気な間は身体に気を付けて働きながら、彼らを一人前に育ててあげたい」と意欲を見せます。小学1年生から書道を教え、小学4年生全員に筆作りの体験もさせる熊野町。
翆皐氏にとっても、筆はずっと身近な存在でした。「町の人口が減って筆作りの職人も少なくなってきてはいますが、何とかバランスを取って、熊野筆を中心とした文化をいつまでも残していってほしいです」と願いを込めて話します。