師匠が得意とした羊毛に特化
3時起きで鍛え続ける空手の技も生かした筆作り
師匠が得意とした羊毛に特化
3時起きで鍛え続ける空手の技も生かした筆作り
南部 豊栄
伝統工芸士認定年月日:2000年2月25日
豊栄の今
柔らかな書き味の羊毛筆に定評のある豊栄氏。工房に入る注文はほぼ羊毛筆です。羊毛筆は切っ先が生命線。さか毛やすれ毛を取り除く作業には徹底して時間をかけます。
80代を迎えてもなお現役で筆を作り続ける体力を維持するため、毎朝3時に起きて3時間近く空手の型を修行する日課を若い頃から続けてきました。
瓦は手刀で8~10枚割れるといい、テニスも嗜むスポーツマンです。修行を積んだ工房の師匠は同じく羊毛に特化しており、「毛もみには空手の手を使え」と教わりました。その力加減は豊栄氏独特のものです。イノシシ毛を使ってみたり、白い羊毛をタマネギの皮で茶色く染めたりと、少し変わった筆作りも独自に研究しています。
※毛もみ:稲わらの灰をまぶした原毛に火のし(アイロン)をして毛をまっすぐに伸ばし、揉んで表面を傷つけることで油分を抜いて墨含みを良くする工程
豊栄の過去
「子どもの頃の友だちはみんな、学校終わりに筆作りのアルバイトをしていたものです」と話す豊栄氏。家族で営む工房の三代目に生まれ、筆作りを間近で見ながら育ちました。伝統工芸士のもとに弟子入りし、何年か働いて独立したあと、生活のために一般企業に就職。製造業の会社で、思い切りがいいことから「厚い鉄板を切らせたら右に出る者はいない」と言われていました。
30代で退職し、知人の誘いで再び筆司の道に入りました。子どもの頃の経験から、すんなりと仕事に戻れたといいます。そこからさらに10年ほど修行を続けていると、徐々に自分でも納得のいく品質の筆が作れるようになってきました。書家や筆問屋からの評価も上がってきたそうです。
豊栄の未来
「私に求められているのは羊毛筆です。今のまま、期待に応えられる品質の羊毛筆を丁寧に作り続けたい」。そう話す豊栄氏。科学技術の進歩に伴い、筆作りの新素材や新工法も生まれていますが、豊栄氏は長い時間をかけて何人もの職人が受け継ぐ中で磨き上げられてきた伝統的な技法に、絶対の信頼を置いています。
分業によって大量生産を可能とした工場のおかげで熊野筆のシェアは保たれていますが、すべての工程を一人でこなせなければ伝統工芸士の認定は受けられません。「今から新たに弟子を取ることは難しいけれど、伝統工芸士を目指して頑張っている若い職人のことは応援したい。熊野全体が良くなっていってほしい」と期待を滲ませます。