妥協なく筆と向き合い
会心の出来を追求し続ける
誠研の今
「筆作りは自分自身との戦いであり、人生そのもの。いくつになっても技術を磨き続けており、作るたびに『これぞ会心の出来だ』と思うんですよ」と、柔和な笑顔を浮かべる誠研氏。
作業を始めると、途端に表情は真剣そのものになります。彼の筆作りには一切の妥協がなく、常に全力勝負です。
毎夜布団の中でその日の作業を一つひとつ反すうし、73あると言われる工程で1つでも不十分だった点があれば、翌朝4時には工房に入って完璧な状態に仕上げずにはいられません。すべての筆は、筆問屋や書家の注文に応えて書く人のために作るもの。
原料の状態が変わっても同じ書き心地を再現する確かな腕は、厚い信頼を得ています。
誠研の過去
筆作りに生涯を捧げてきた誠研氏ですが、実は筆司の道を諦めかけたことがあります。
中学校を卒業してすぐ、やはり熊野筆の筆司だった父に勧められて10年間修業を積みましたが、若くして結婚したため安定して妻子を養える一般企業に就職。そのまま17年働き、父が亡くなったあと地元に戻って再び筆司の道に入りました。
ところが3年経っても、量産品としては優れた筆が出来るものの、書家の要望に応えられる筆が出来ません。悔しさに涙を滲ませ、お世話になってきた筆問屋に辞めようかと思っていることを伝えると、仙台の筆司のもとで修行してみてはどうかと提案されました。
その工房の技術は父の筆作りと共通点が多く、父の教えを改めて振り返る転機となりました。
誠研の未来
仙台から帰って2年ほどは、仕上がりを確認してもらうために作った筆を師匠に送り続けました。
「もう大丈夫と言ってもらえたときは嬉しかった」といいます。
次なる課題は後継者の育成です。弟子を取ったり、熊野筆事業協同組合の主催する筆司会で若手の指導に当たったりしていますが、書家に満足してもらえるレベルの筆を作れるまでの人を育てるには時間が必要です。
「ここを少し短くした方がいい」などとアドバイスすると理由を聞かれますが、経験と勘を根拠にした判断は口で説明しても伝わりません。
「私もそうでした。もうひと皮剥けると、自然にわかってくるだろうと思う人はいます。そういう人を一人前の職人に育ててあげたい」。
誠研氏の挑戦は続きます。