技術革新がもたらす新素材の可能性に
未来の筆のあり方を見出す柔軟性
技術革新がもたらす新素材の可能性に
未来の筆のあり方を見出す柔軟性
寺垣内 雄翠
伝統工芸士認定年月日:2013年2月25日
雄翠の今
雄翠氏は羊毛筆を得意としていますが、それだけでなく注文を受ければどのような筆でも作ります。複数の種類の毛を混ぜ合わせて作る兼毫(けんごう)筆では、濡らして平たく広げた毛を何度も重ねて混ぜ合わせる「練り混ぜ」の工程で、均等に混ざるよう両側から交互に毛を広げていく姿が特徴的です。腰が強すぎず粘りが出て、運筆でうまく毛を開いたり閉じたりできる筆になるよう、毛のブレンドや配置を調整します。
筆業界全体で原料毛の不足が問題視される中、状態の悪い毛を取り除く工程で出た毛も、できる限り別の部分に使ってきました。「筆先には使えなくても、根元に近い部分には十分な品質の毛もあります。今ある材料に感謝して無駄なく使い切りたい」と話します。
雄翠の過去
電気科を卒業し、電気工事士として働いていた雄翠氏。筆の製造会社を立ち上げた叔父から誘われ、24歳で筆作りを始めました。「電気工事は基準内におさまればいいけれど、筆作りはどこまでもより良いものが求められる。そこが大きく違いました」。修行時代は朝8時に職場に入り、日付が変わるまで働く日々。筆作りを教えてくれたのは、代表である叔父でした。筆の需要が非常に高い時代で、作れば作るだけ飛ぶように売れたといいます。
筆の需要の減少を見越して会社がいち早く化粧筆の生産に乗り出した際は、化粧筆の開発にも携わりました。伝統工芸士の認定を受けて10年ほどで定年を迎えましたが、時おり自宅でも作業しながら勤務を続け、今は書筆の製作に専念しています。
雄翠の未来
「筆は作るたびに材料が全部違うでしょう? 一生新しいものに挑戦し続けられるんです。本当に面白い」と目を細める雄翠氏。
筆記具としての筆の需要が減る中で、そんな熊野筆の魅力を広く知ってもらい文化を継承していくため、伝統工芸士として社会見学の受け入れや筆作り体験の実施などに積極的に取り組んでいます。
原料毛の不足については、技術革新による天然毛に引けを取らない書き味の人工毛の登場に期待しています。イタチ毛や羊毛などの高級な毛を扱う技術を次世代に継承していきたくても、今のままではなかなかそうした毛に触れる機会がありません。「産地として研究開発に協力することも必要かもしれません」と、未来への提言をしています。